特 効 薬
「あれ? 理一さん、甘いもん好きでしたっけ」
特 効 薬
言ってから、しまった、と思った。少なくとも、2週間ぶりに顔を会わせた恋人へ最初に言う台詞ではない。
「いらっしゃい。得意な方ではないかな」
「……お邪魔シマス」
挨拶を返しながら軽く俯くことで、佐久間は熱くなった顔を隠す。
「顔、見せてくれないの?」
「いや、あの……えーっと……」
2人きりのとき特有の甘さを含んだ声に、頬の熱がいや増して益々顔を上げられなくなる。大分慣れたつもりでいたのに間があいたせいか、ただひたすら恥ずかしい。
「——意地悪い、です」
「うん、ごめん。でも、佐久間君も悪いよ? 久しぶりなのに、そんな可愛い顔するから」
「〜〜〜〜〜〜っ だから、そ……っ」
居た堪れなくなって顔を上げると予想外に近い場所に理一の顔があり、続くはずの文句を唇ごと奪われる。普段より幾分強引に絡められた舌からは、かすかにバニラの味がした。
「で、どうしたんです?」
それ、と視線で指した先にあるのはハーゲンダッツのミニカップだ。ほとんど手がつけられていないそれを渡されて、遠慮なく添えられたスプーンを手に取る。
これがなければあんな失態はしなかったのに、と思うと少し恨めしいけれど、アイスに罪はない。
「少し甘い物が欲しくなってね」
でも、僕にはちょっと甘すぎたみたいだ。と、苦笑する理一の横顔に隠しきれない疲労の色が見えた。
こういうとき、愚痴すら聞けない自分が少し歯がゆい。
もちろん、理一の職種の特殊性は理解しているつもりだ。同時に、それが本当に『つもり』でしかないのではないかという不安もあって。せめて少しでも支えになりたいと思うのに、どうすればいいのかわからない。
「……——くん、佐久間君。……敬?」
「へ?」
「アイス、溶けるよ。疲れてるとこ呼び出しちゃったみたいで悪かったね」
どうやら、出口の見えない思考に囚われて手が止まっていたらしい。心配そうに覗きこまれて、慌てて首を振る。
「そんなっ 俺、別に疲れてなんて……っ つーか、疲れてるのは理一さんの方じゃ……」
「僕は敬の顔が見れたおかげで元気だけど?」
「また、そーいう恥ずかしいことを」
「本当のことだしね」
さらりと告げられた内容で、また顔に血が上った。熱くなった頬を冷まそうと、柔らかくなったアイスを口に運ぶ。が、とろりと広がる甘さに先ほどのキスを思い出して、冷めるどころか余計に熱が上がる。
そっと隣を伺えば、明らかに楽しんでいる理一と目が合って慌てて視線を逸らした。
かすかに伝わってくる振動から、笑いを噛み殺していることが知れて、先ほどから自分ばかりが翻弄されている事実に佐久間の負けん気が刺激された。別に勝負じゃないんだし、と頭の片隅で冷静な自分がつっこむのは聞かなかったことにする。
迷いを振り切るように勢いをつけて最後の一口を口に運ぶと、伸び上がって唇を重ねる。触れ合う寸前、理一の眼が驚きに軽く見開かれた事に満足して、ゆっくりと瞳を閉じた。
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