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秘密。

グローブを外してシートの上に置くとメットを外す
すぅっと吸い込んだ空気は美味しくて心地が良い
だけど俺の心はもやもやとしたままだった。


(今日も一度も抜けなかった)


視線の先の相手も自分と同じようにメットを外す所だった。
目が合うと俺は慌ててバイクの方へ視線を戻した。


「お疲れ様」
「・・・っス」


理一さんとのツーリングはこれが始めてではない。
それなのに
俺は未だ一度も彼を抜くことが出来なかった。












秘密。













連休を利用して俺と理一さん。
そして健二とキングは少し遠出をして遊びに来ていた。
一泊の予定で組んでいて
今日は湖の近くの理一さんの友達夫婦が開いているという小さなペンションに泊まる予定だ。
途中、腹ごしらえをという事で寄る予定になっていたこの辺りの郷土料理のほうとう屋の前で少し待っていると
健二とキングが乗っている車が到着した。


「やっぱりバイクは早いね」
「キングもバイクあるじゃん。そっちに乗ってくれば良かったのに」
「俺はそれでも良かったけどね。だけど長距離だったら乗りなれてない健二さんが疲れると思って」
「返す言葉も御座いません…」
「ははは、佳主馬は健二くんの事理解してるな」
「当然」


バイクの運転しているだけで体力を取られる。
一種のスポーツでもある。
後ろに乗っているだけでもそれなりの疲労感がある。


「昔はよく佐久間の後ろに乗ってたんだけどね…最近は佳主馬くんとちょっと近場をうろうろするぐらいかな」
「どうしても二人だと車の方が便利だからね」
「でもたまには相手してやんないとキングのバイクだって面白くないと思うぞ?」
「一人の時は使ってるから平気だよ」


そんな雑談をしながらほうとう屋に入る
昼時を少し過ぎているので客は少ない方だった。
「いらっしゃいませ」と愛想の良い店員に案内されて席に着くとメニューを開く


「結構、ほうとうってボリュームあるからね」

理一がそう言うとほうとうを今まで食べた事のない佐久間と健二はメニューを食い入るように眺める。

「普通のうどんとは違うんだな」
「…量多いんだ・・・う〜ん」
「別に量の事は気にしないで。残してもいいよ健二さんが残したのも俺食べるから」
「佳主馬くん…」
「おいおい…お前ら、いつもそんなんなの? 健二も成人男性だったら一人前ぐらいぺロっと食え!」
「ええ…っ?! そりゃ頑張れば食べれるけど消化するのに時間かかるし…」
「無理して食べて夕飯が入らなくなるのも困るな。ペンションの料理美味しいからね」
「・・・佳主馬くん」
「いいよ。任せて」
「・・・この万年バカップル」


結局、俺はかぼちゃの入ったやつで理一さんは王道であろう豚肉入りの
キングは野菜が沢山入ったやつで健二は茸入りのほうとうをそれぞれ頼んだ。
暫くして運ばれてきたほうとうは理一さんが言った様にボリュームが凄かった。
大きな器にこれでもかというぐらい具が入っている。
麺も太い為これは食べ応え十分だ。


「あ。美味い」
「だろう?沢山食べなさい」
「ちょっと理一さん、何、俺の器に肉入れてるんですか」
「おすそ分け」
「それじゃ豚肉ほうとうにした意味ないじゃないですか・・・ほら、俺のかぼちゃと交換しましょう」
「ありがとう」


そんなやり取りを見ていたのかキングがちらりと健二を見る。


「俺のも食べる?」
「そんな余裕ないよ…」
「だろうね。いいよ無理しなくて車で気持ち悪くなっちゃうし」
「うん・・・」


少し遅い昼食を取り終わった後(健二の残した分はお分かりでしょうがキングが綺麗に残さず食べてましたよ。)
俺達は再びバイクと車に乗ると目的地であるペンションに向かった。
30分ほど走ると着いて
先ほどと同じようにメットを外している時、俺はふと我に帰った。

(腹いっぱいになって忘れてたけど今も理一さんに追いつけなかった…いや、道案内してくれてるんだから追いついちゃ駄目なんだけど)

正直一度も抜けないのが悔しい。
自分だってもう十代の頃から乗っているのに・・・と、どうしても思ってしまうのだ。
まぁ相手は俺が生きているより長い間乗ってるんですけどね。
それでも一度くらい・・・
いかん。考えがループしてる。


「佐久間くん?」
「あっ!はい」
「…珍しいね。君がぼーっとするなんて」
「いや…すみません」
「いや、誤ることじゃないから」


ふわりと理一さんの手がぽんっと頭の上に乗る。
俺は男なので頭を撫でられたくらいでは嬉しくなんかならない・・・はずなんだけど。
この人が相手だと話しは別だったりする。
女!女!と騒いでいた十代の頃の若い俺。ガチでマジごめん。
人生本当に何があるか分からないものだ・・・っ!

ペンションへと入るとここで思っても見なかった事件が発生した。


「へ?」
「急な客が居たらしくてね。部屋が1つダブルベッドになるそうだ」
「だ・・・ダブルベッドですか」
「俺は別に構わな「僕が構うよ!!!!!」
「つか、お前らいつもダブルベッドだから別にいいじゃんか」
「こういう場所は別だよ佐久間っ!! だったら佐久間達がそっち使えばいいじゃないか」
「なっ!! 馬鹿、嫌に決まってるだろ!!」
「だったらじゃんけんで決めよう!」
「嫌だね。お前昔からこういうときだけじゃんけん強いから。大体始めて陣内家行った時だってお前勝ったし」
「〜っ!!」


ぎゃーぎゃーと喚く二人の間にやれやれといった顔で理一は入ると
二人を止めた。


「二人とも喧嘩しない…佳主馬はどちらでもいいのか?」
「うん。ベットで1つでも2つでも・・・結局使うのは1つだし。」
「!!!!!!!!!!!! さ・・・佐久間。僕たちがダブルの部屋二人で使おうか?」
「!! それ良いかも」
「「それだけは却下」」


結局、理一さんとキングが勝手にじゃんけんをして
勝った理一さんは「じゃ、俺達がこっち使うからと」無駄にさわやかな表情で鍵を取ると
俺の手を引いて開いた部屋の扉の先には見たくもなかったダブルベッドが待っていた。


「ガ・・・ガチで?」
「別に俺の部屋もベッドもこのくらいのサイズなんだし変わらないじゃないか」
「そういう問題ではなく…」


はぁっとため息を吐くと持っていた荷物を部屋の隅へと置いた。
部屋は広くて綺麗だ。
ベッドのほかにも座り心地の良いソファが置いてあった。


「・・・俺。こっちで寝ますんで。理一さんそっち使ってください」
「そんな事認めると思ってる?」
「言って置きますけど。一緒に寝ても手ぇ出すの禁止っスよ。明日の帰りもバイクだから腰辛いんで」
「・・・じゃあせめて俺がそっちで寝るよ」
「自分の身長考えてください」


毛布だけ1枚借りて横になってみると案外快適だった。
一晩くらいなら問題ないだろう。
その後はペンションの周りを散歩して
日が暮れてペンションへ戻ると丁度夕食の時間になった。
理一さんがお勧めしていた通り出された料理はとても美味しかった。
軽く酒も入り
部屋へ戻ると俺は運転の疲れからかすぐに眠り込んでしまった




目が覚めると当たり前のように俺はベッドの上で眠っていた。
もちろん、隣には理一さん。
どうやら夜中に勝手に移動されたらしい。
今更文句を言っても仕方が無いので起き上がると丁度夜明け前だった。
風呂にも入らずに寝てしまったので大浴場に行こうとタオルと着替えをもって俺は部屋を出た。
理一さんに言わなくても俺が起きてる事には既に気づいているだろう。
人の気配には職業柄敏感な人だから
5時から空いている大浴場は貸切状態…かと思ったら先客がいた。


「よ。健二」
「さっ佐久間っ!? どうしたのこんな早く…」
「飯食った後すぐに寝て風呂入ってなかったから…って。お前はすっかり頂かれた後か。ご愁傷様」
「五月蝿いよ…」


健二の肌にはいつくもの所有の跡が残っていた。
健二はこれを他の人に見られたくないためにこんな朝早く起きたのだろう。
体を洗ってから広い浴槽へと入る
家の風呂と違って足も伸ばせるし気持ちが良い。


「佐久間。勘違いだったら誤るけどさ」
「ん〜?」
「なんか拗ねてない?」
「・・・どうしてそう思った?」
「佐久間、バイクから降りた時とか乗る時に複雑な表情で理一さんの事見てたから…」
「・・・ちょっとな。」


まさか健二にバレているとは思わなかった。
長い付き合いだからだろうか


「どうしても理一さんのバイクに追いつけねーんだよ」
「一度も?」
「一度も」
「だから拗ねてたんだ」
「そ。1回ぐらいは抜かしてやりてーと思ってる訳よ・・・今回も駄目だったけど」
「諦めるの?」
「まさか。まだまだチャンスはあるからな」
「それでこそ佐久間だよ」
「ははっ、サンキュ」
「じゃ、僕はそろそろ出るから」
「おう・・・」


健二と喋ってもやもやとした心は少し楽になった。
持つべきものは親友だと
そう思った瞬間


「うっわぁっ?!」
「健二?!」


足をつるりと滑らせた健二はそのまま後ろに倒れそうになっていた
このまま倒れたら頭を打つかもしれないと
瞬時に反応した俺は立ち上がると健二の体を受け止めた
健二と自分の体重を支えて床へ着いた片手はズキリと痛みが走った。


「・・・っ」
「ご!ごめん佐久間っ?!」
「大丈夫、大丈夫・・・お前こそどっか打ってないか?」
「僕は大丈夫だけ・・・」
「なら良かった・・・・っいってぇぇぇぇ」
「佐久間?!」


風呂から上がって着替えると
ロビーにいたペンションのオーナーに事情を話すとすぐに救急箱を持ってきてくれた。
聞き手の手首を傷めたらしくて
少し捻るだけで痛みが走った。
手当てをしていると二階にある部屋から理一さんとキングが降りて来た。
事の事情を簡単に話し終ると理一さんは口を開いた。


「佳主馬。帰りはお前が佐久間くんのバイクに乗っていけ」
「…仕方ないね。」
「はぁ?! 大丈夫ですって」
「そんなに腫れてるんだ。アクセルを握るだけで痛むはずだから許可はしないよ」
「理一さんっ!!」
「駄目だと言ったら駄目だ。・・・佐久間くんは健二くんの運転する車に乗りなさい」
「・・・はい」
「佐久間・・・本当にごめんね」
「別にいいよ」


朝食を取って
ペンションを出る時間になると
理一さんは俺にメットを渡してきた。


「悪いが少しだけ待っててくれるか?」
「…この辺散歩してるから終ったら携帯」
「わかった。佐久間くん行くぞ」
「行くって何処に…運転するなって言ったじゃないスか…」
「湖一周だけして帰ろう。俺の後ろに乗りなさい」
「・・・!!」


そう言って理一さんはバイクに乗った。
メットを被ろうとした俺に健二が「ちょっと待って」と駆け寄ると耳元を小さく呟いた。

(理一さんの後ろに乗ったら 早さの秘訣が何か分かるんじゃないかな)

俺はその言葉ににっと笑って頷いて
理一さんのバイクの後ろへと乗った。


理一さんの腰に手を回すのは少し恥ずかしかったけど
そぐに慣れた。
バイクは湖の横の道路を風のように切って走っていく


「佐久間くん」
「はい?」
「横を見て…ほら、椛に色がついてきた…綺麗だね」
「・・・! 本当ですね」


横の森では紅葉が始まっていて
木々に秋の色が染まりかけていた。
ここまで俺も走ってきたのに全然気づいていなかった。
そうだ
俺は今まで

( 理一さんの背中しか見てなかった )

だから周りの事なんかに気づかないでいた。
湖の水面が綺麗な事や
秋の空の色に
何一つ気づいてなかった。


( この人は・・・全部そういう事を楽しみながら走っているんだ )


そう思うと早く走るのに
この人を抜くのに拘っていた自分が馬鹿のように思えた。
ぎゅっと握り締める力を強くする


「どうかした?」
「何でもないです」


なんとなくだけど
理一さんに追いつけない理由が分かった気がした。





健二達と連絡を取って
帰りはキングが俺のバイクに。
俺は健二の運転する車に乗って帰った。
高速道路を走る車の中で健二は俺に聞いてきた。


「秘訣。何か分かった?」
「・・・内緒」
「え〜ずるいなぁ・・・」
「いいからお前は前みとけ。後ろからキングが心配するから」
「はいはい」


湖を一周して分かった事
理一さんの速さの秘密
そしてもう一つ


( 自分が思っている以上に。あの人の事が好きだって分かった・・・なんて言えるかっ )





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