12月30日
佐久間は旅行鞄に荷物を詰め込んで一つため息をついた。
とりあえずは、三日分の着替えと細々としたもの、後はミニノートに携帯に財布。それと、と佐久間は手を止めた。
「…ホントにこれだけでいいのかな」
思わず呟いたのは、ビニール袋に入っている土産物だ。大きく『東京はな奈』と書かれたそれは、ひよこまんじゅうと並んで、有名な程に有名すぎる東京土産だ。
まぁ、理一が「これでいい」と言っているのだし、と自分を納得させてはみたものの、理香や直美などの女性陣には微妙な顔をされかねないとも思うわけで。佐久間はため息をつくと、もう一つ、紙袋に入った土産物を旅行鞄の隣に置いた。それは、佐久間の実家の近くで有名な洋菓子店の焼き菓子だ。一度テレビで紹介されてから、入手が比較的困難になったという代物らしいので、女性には受けるだろうと佐久間が勝手に用意したものだった。
「…。」
佐久間はとりあえずまとめた荷物を前に、もう一つため息を落とす。思わず床に手をついて項垂れた。そのまま、ラグの上にぱたりと倒れ込む。
「…健二のこと、言えねぇじゃん、これ」
今のうちに姑のハートをがっちりキャッチだと言って健二に土産物を用意させたが、自分もまた、気付けばこうして理一の親族に土産物を用意している。
同じことをしていると思い至って、佐久間はぎゅっと眉を寄せて顔を赤く染めた。意味不明なうめき声を上げながら背を丸めて、上げた腕で髪をぐしゃぐしゃとかきまぜる。しばらくそうして丸まっていたが、佐久間は腕をぱたりと落とすと、くしゃくしゃになった頭もぺたりと床へ落とした。
クリスマスの翌朝、理一の家で一緒に朝食をとりながら年末年始の予定を確認すれば、理一はきょとりと一つ瞬いて、さも当然のように言った。
「え? 大晦日にこっち出て帰るつもりだけど。佐久間くんも一緒に」
「はぁ?! 俺、聞いてませんけど!」
驚いてそう言えば、かたりと首を傾げて。
「言ってなかったっけ?」
「きっぱりはっきり聞いてません!」
そっか、と一つ頷いた理一は、破顔して。
「うん、じゃあ、今、言ったから。行こうね」
あまりに能天気な顔で言い切られて思わず口を開けたまま固まってしまった。ゆるゆると箸を降ろして、腕をぺたりとテーブルに落とす。
「…ってか、俺の予定は?」
思わず小さく呟いた佐久間に、理一が、「あ」と口を開ける。
「何か予定あった?」
「…や、特には、ない、ですけど…」
少し眉を寄せて言うのに、小さく首を振る。出かける予定もなにも、理一の予定を聞いてから決めようと思っていたのだ。何の予定も、入っているわけがない。
「良かった。うん、一緒に帰ろうね」
そんな佐久間の呟きに破顔した理一が、前の日の30日から泊まりに来れる? と笑顔で聞いてくるのに、気付けば機械的に頷いていた。
しかし、大変だったのは実家の母の方だった。母からの電話で年末年始の予定を聞かれた佐久間は、大晦日から夏にもお邪魔した陣内さんのお宅に行くことになったと素直に報告した。それに対して、電話口で思い切り泣きわめかれたのだ。
『普通、年末年始は実家に里帰りするもんでしょう?! あんたの実家はいつから長野になったのよ!』
母の言うことも最もだと思う。思うが…。
「年末年始は実家でって、高校の頃、年末年始に家に居たことなかったじゃんよ、俺」
『それとこれとは話が別!』
「第一、せっかく誘ってもらってんのに、無碍に断るのも悪いだろ?」
『そう言う時は『親に聞いてみる』って一度切り上げるもんでしょ?!』
「向こうにも都合があってすぐに返事しなきゃいけなかったんだから、仕方ないだろ?」
本当は既に向こうに予定を決められていたわけなのだが、まぁ、嘘も方便だ。
『…もぅ! で?! こっちにはいつ戻ってくるのよ?!』
電話口であからさまにため息を着いた母に、佐久間も一つため息をつく。とりあえず、着替えは三日分と言われている。理一の仕事の都合もあるだろうから、そう長く向こうに逗留することはないだろう。
「たぶん、3日にはこっちに戻ってくると思うよ」
『…じゃあ、4日にはこっちに帰って来なさいよ! 絶対ですからね!!』
そう言った母が叩き切る勢いで通話を切ったのに、思わず佐久間は耳を押さえてうめいた。
「…ったく、もうちょっと静かに切れっての」
携帯の通話ボタンを切ると、佐久間は一つため息をついた。
それが昨夜のことだ。
佐久間は床の上で寝返りをうつと、左手を額に乗せてぼんやりと天井を見上げた。
理一と居られることは、正直嬉しい。しかし、上田の家となると、少々尻込みするものがある。しかも、今回は健二も佳主馬も上田にはこない。夏希とのつながりだけで自分があの家に行く、というのも、設定的に無理があるのではないかと思わなくもないのだ。
しばらく眉を寄せて天井を睨んでいたが、佐久間は一つ思い切るように頭を振ると勢いを付けて起き上がった。
悩んでも仕方がない。なるようにしかならないさ、と思いながら、佐久間は伸ばした腕でローテーブルに置かれた携帯を取り上げる。表示されたのはそろそろ家を出る時間だった。
と、手の中の携帯が振動する。慌てて画面を見れば緑色のアバターが発信者名の背後で踊っていた。着信したメールを開けば、これから職場を出ると書かれている。それに佐久間は小さく笑って、自分もこれから家を出る旨のメールを返信した。
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