12月24日
佐久間は健二を見送るために東京駅へと来ていた。
今年は受験生ということもあって一人名古屋に居残る佳主馬のために、できれば勉強をみるついでにおさんどんを頼まれてくれないかと聖美から打診があったという。
その話を嬉々として佐久間に報告してきた健二に、思わず引きつった笑みを浮かべてしまった。喉元まで出かかった「親公認か、めでてぇな」という言葉もついでに飲み込む。もちろん、健二は二つ返事で了承していた。
それを聞いた夏希には「えー、上田に来ないのー?」と拗ねられてしまったが、先に約束してしまったからというと、何とか納得してくれたようだ。
「まぁ、佳主馬優先になるのは仕方ないわよね」
そういってため息をついた夏希に、健二が顔を真っ赤に染めたのはある意味お約束だろう。
健二の大学入学に合わせるように離婚した両親は、それぞれに年末年始を過ごすらしいと聞いている。どちらの家にも自分の居場所が無いことは明白だからと笑って言った健二に、随分と薄ら寒い思いをしたものだったが、こうして佳主馬やその両親からの誘いがあることに、佐久間は他人事ながら安堵した。
どうせならクリスマスも名古屋で、というわけで今日の見送りと相成ったのだ。
「土産物、持ったか? 忘れ物はないだろうな?」
「大丈夫だって」
朝から何度も繰り返される会話に、少々うんざりした様子の健二が言えば、佐久間が軽く鼻を鳴らす。
「お前は認識が甘い。今のうちに姑のハートをがっちりキャッチしとけよ。後々楽だぞ、その方が」
「なんだよ、その姑って!」
「だって、お前、キングの嫁じゃん」
しれっと言い切った佐久間に健二ががっくりとうなだれる。少し伸びて来た髪の隙間に見える耳が、その先まで真っ赤に染まっていた。
「新幹線のチケットだってキングから送られてきたんだろ?」
追い打ちをかけるような佐久間の台詞に、うなだれた頭が小さく揺れる。
「…やっぱり、僕が嫁、なのかな」
「キングに嫁要素があると?」
「…ないよねぇ」
軽くため息を付きながら言った健二に、佐久間は腹を抱えて笑った。
指定された電車に乗り込み、指定された座席に荷物を置く健二を分厚い窓ガラス越しに見ながら、佐久間は小さく息を吐いた。
健二は構われることに慣れていない。野生動物が人の手を怖がるように、差し伸べられた手を前にしても、それが何なのかすら分からずにただ右往左往するだけだった。だからこんな風に、むしろその手を引っ掴んで引き寄せて、多少強引な手段でもってでも「ここに来い」と言われる方がいいのかもしれないと思う。
自分をじっと見つめる佐久間に気付いたらしい健二が、はにかんだような笑みを浮かべて手を振っている。それに手を振り返しながら、佐久間はふと思い浮かんだことに慌てて蓋をした。それは、もう少し先に、せめてあと数年先に考えたいことだ。
新幹線の発車音が鳴り響く。佐久間は白線のさらに一歩内側に下がって親友の姿を見やった。ゆっくりと走り出した新幹線の窓の向こう、こちらに向かって手を振る健二に片手を上げて笑みを返す。徐々にスピードを上げ、ホームを滑り出ていく車体を見送って、佐久間は風にあおられた髪を手櫛で撫で付けた。
改札へと向かうエスカレーターに足を乗せながら、背負っているボディバックのポケットから携帯を取り出す。スリープを解除した携帯にはしかし、目当ての人物からの着信はない。一つため息をついて携帯を元に戻すと、勢い良くエスカレーターを駆け下りる。
今日はお気に入りのパーツショップまで足をのばそう。思い切り散財して、嫌なことは全部忘れよう、そう思いながら、佐久間は新幹線の改札をくぐり抜けた。
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