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12月23日

 佐久間は眼鏡を外すと目頭をぎゅっと押さえた。昨夜、物理部OBでOZのバイト上の上司にあたる先輩から急に頼まれたグラフィックの仕事は、単純ではあるもののなかなかに点数が多く、久しぶりの徹夜作業になった。
 雪の結晶のグラフィックを10パターンと、そこにランダムに混ぜ込むというスノーマンやサンタクロース、トナカイなどのテクスチャ作成の依頼だ。しかし、このところ使っていなかった3DCGソフトでの作業は思ったよりも時間がかかってしまった。しかも、表示パーセントを変えて何度も精度の確認をしなければならず、目への負担もかなり大きい。まだ微妙に目の奥が痛いような気がする。
 依頼してきた先輩の話だと、これを24日の午前0時きっかりにOZの中に降らせるという。システムの方はもう一人の先輩がメインの別チームが請け負っているとかで、手が回らないグラフィックの仕事だけが来たようだ。
 24、25日の二日間だけ降る雪の結晶は、期間限定だからこそネタ的なものも仕込みたいと言われて、佐久間は思わずもみの木にぶら下げたオーナメントを見てしまった。さすがに天使を作り込むのは難しいかもしれないが、リースや靴下、キャンディスティックなら何とかなるだろうかと思って、佐久間は小さく笑う。まさか、こんなところでオーナメントが役に立つとは思わなかった。
 そうして、納品を済ませたのは陽も高く昇った昼過ぎで、さすがに空腹を訴える胃袋に何か詰め込まなければと、佐久間はパソコンチェアから立ち上がった。何を作ろうかと思いながら一歩を踏み出したところで、冷蔵庫が空に近い状態だったことに気づく。簡単に雑炊でもいいと思っていたが、肝心のご飯の冷凍ストックを切らしていたことも思い出して思わずがっくりとうなだれた。
 食料の調達がてら昼は外で済ませて来ようと、上着を着込んでマフラーをぐるりと巻く。財布と鍵を持ったところで、枕元に置いたままだった携帯にメールの着信があることに気付いた。慌てて歩み寄って送信者を確認すれば、表示された名前の後ろで見慣れた緑色のアバターがくるりと舞う。
 パネルを操作してリスト表示させたメールの送信時間は、昨夜の午前2時27分。作業に集中するためにヘッドフォンで音楽をかけていた時間帯だったから気づかなかったのか、と佐久間はうなだれる。気づいていたらすぐに返信したのに、と思いながら開いたメールに、思わず眉が寄った。件名も何もない。ただ本文の欄に表示された6文字。
「…。」
 その文字をなぞって、佐久間は寄せた眉はそのままに、口元に苦笑いを浮かべた。メールに、気付かなくてよかったのかもしれない。たぶん、このメールに返信したところで、それがリアルタイムで理一の目に触れた確率はかなり低いものだったはずだ。
 佐久間は返信画面を開くとパネルを操作する。とりあえず、ただ待つという選択肢しかないのなら、この返事しか自分には返せない。
 入力した文字を目でなぞって佐久間は一つため息をついた。送信ボタンを押して、ドット絵のサルが封筒を抱えて去って行くのを見送り、メールアプリを閉じる。小さめのボディバックに財布と一緒に携帯を突っ込み、鍵をポケットに入れて部屋を出た。
 鍵を閉めながら、佐久間は苦く笑う。果たして、このメールを理一が読むのは何日後のことなのだろう。三日後か一週間後か。とりあえず、年内に読めれば御の字なのかもしれない、と思いながらエレベーターホールへと向かう。
 見上げた東の空に少し気の早い細い月が見えた。






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