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12月22日

 理一はため息を一つつくと広げていた資料を閉じた。左の袖をちらりとめくり時間を確認する。現在の時刻は日本標準時で2時14分。いわゆる草木も眠る丑三つ時だ。先ほど打診された次の会議開始時間まであと30分と少し。
 理一は資料一式をファイルに綴じると、携帯をポケットに滑らせて席を立った。部下がその気配に気づいて顔を上げるのに、「ちょっと休憩〜」と間延びした声で告げて部屋を出る。ドアを後ろ手に閉めながら、きっと今頃、真面目一辺倒の部下は渋い顔をしているだろうと、理一は小さく笑った。
 長い廊下を歩いて、いくつか階段を昇り降りし、理一は会議室からはやや遠く、ほとんど人気のない休憩室へと足を運んだ。この建物の中でこの部屋の北側の隅だけが、何故かほんの少しだけ電波が届くと知ったのは、一年程前だった気がする。この一角は倉庫になっている部屋も多いため、この休憩室は利用者が格段に少ない。そのせいで誰も気づかずにいるのだろう。
 本来なら報告しなければいけないのだろうが、本当に時間がない時の連絡用にと軽く目をつぶっていた。昔の自分では考えられないことだ。
 理一は北側の端に置かれた長椅子に腰を下ろしてポケットから携帯を取り出した。フラップを開いて、5本中3本が表示されたアンテナに小さく苦笑いを浮かべる。
 新規メール画面を開き、目当てのアドレスを表示して、ふと携帯の右端に表示された時間に理一は眉を潜めた。会議開始まであと23分を告げるそれに、悠長に長文を打って状況説明をしている暇はなさそうだとため息をつく。もっとも、伝えられることなど、はなからほんの少ししかありはしないのだが。
 とりあえず、明日の祝日も職場に缶詰になることは既に決定している。24日も家に帰れるかどうかは微妙なところだ。それをどう伝えたものか悩んで、理一はぽちぽちとボタンを押した。しかし、途中で手が止まる。それを何度か繰り返して、ふっとため息をついた。
 会議開始まであと20分。15分前行動が基本のこの職場では、招集されたメンバーがそろそろ席に着き始めている頃だろう。悩んでいる暇はない。
 しかし理一は、送信ボタンを押しかけた手を止めて、画面を見つめた。メールに書いたほんの一行程の短い約束。この約束とも言えないようなささやかな言葉さえ反故にしかねない自分は、果たして彼と共にあることを望んでもいいのかと、詮無い考えが頭をよぎる。
 理一は一つ頭を振ると、思い切るように送信ボタンを押した。
 いつとも、どこにとも書いていない、ただ一行だけのメール。佐久間はこれを受け取ってどう思うだろう。この職業を彼が理解してくれていることは喜ばしいが、それでも、不満がないわけではないだろう。そう思うのは自惚れだろうか。
 会議開始まであと18分。理一は携帯を閉じるとすっと立ち上がった。残り3分で会議室に辿り着けるかは微妙だが、今回の主催には顔がきく。なんとかなるだろうと思いながら、廊下をできうる限りの早さで歩き出す。ポケットの上から少し熱くなった携帯を軽くなぞり、佐久間に送ったメールと同じ言葉を小さく呟いた。
「迎えにいくよ」






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