12月19日
健二はけほりと一つ咳をついてもそりと寝返りをうった。枕元に転がしたままの携帯が振動している。三回振動して切れたそれを、うっそりと手を伸ばしてとりあげた健二は小窓に表示された名前に軽く首を傾げた。フラップを開いてメールを表示する。
『今日のバイト、どうする? 研究室でやるか?』
そう書かれたメールに健二は一つため息をついた。
喉の痛みだけだった風邪はだんだんと熱に移行してきている。関節は痛むし倦怠感も酷い。大学も休みに入った今、バイトのために学校までいくのは正直億劫だった。
痛む頭をこらえつつ、熱が上がりつつあることとバイトは家でやろうと思っている旨のメールを作成する。送信ボタンをおして、白い封筒を持ったリスが走り去ったのを確認すると、ぱたりと枕に顔を伏せた。
たったこれだけの行動にも体力が削られたような気がして、健二は深々をため息をついた。
佐久間は今日も研究室でバイトをするのだろうか。バイトがある日以外も、佐久間はちょくちょく研究室に顔を出している。それは高校の頃、放課後の部室に入り浸っていたのととても似ている。元々OBの多い研究室だから、ノリが近いというのもあって居心地が良いのだろう。
それでも、昔と違って、だらだらと夜遅くまで研究室に残っていることは少ない。バイトが終わればさっさと帰ることが多くなった。先輩が「飲みに付き合え」とからかうのに、「俺、未成年っすよ、まだ」と返して帰って行く姿もよく見かける。高校の頃には「規則は破るためにあるんだ」と言いながら、部室で缶ビールを飲もうとしたこともあったのに。それを言えば、佐久間は苦虫を噛み潰したような顔をして「時効だ、時効」と返してきた。確かに、この頃はそんなやんちゃはしなくなったな、と思う。
つらつらと、熱に浮かされながらそんなことを考えていた健二は、手に握ったままだった携帯が再び振動したのに驚いて顔を上げた。とたんにつきんと痛んだ顳顬に、思わず枕へ逆戻りする。小さく唸りながらのろのろと顔を上げた健二はフラップを開いた。
『わかった。俺も今日は家でやるわ』
それだけ書かれたメールに、健二は小さく笑うと携帯を閉じた。
佐久間はやっぱり変わったと思う。こんな時、昔だったら「じゃあ俺は部室でバイトするわ」というメールが返って来ていただろう。自分のように家にいるのが苦痛だというわけでもないのに、何かというと部室にこもりたがる佐久間は、やはりどこかで自分の居場所を探していたのかもしれないと思う。
健二はもそりと寝返りをうつと布団をかぶり直した。
とりあえず、さっき薬は飲んだ。額には冷えピタも貼ってある。汗で湿って気持ちの悪かったパジャマも着替えた。たぶん、ここまですれば、佳主馬からの確認メールが来ても怒られることはないだろう。
目を閉じて熱のためにふわふわとしてきた意識を睡眠に向けようとした健二は、再び枕元で振動した携帯に閉じかけていた目を開いた。
誰からだろうと、眉を寄せながら再びもそりと手を伸ばす。明るく切り取られた窓に表示された発信者は、さっきメールを返信してきたばかりの親友で。何事かと首を傾げてフラップを開けば、ドット絵のサルがひらりとその身を翻した。
『お大事に。ちゃんと薬飲めよ。飲んでなかったらキングにリークするからな』
健二は思わずきょとりと目を見開いて、次いでぷくっと笑う。その瞬間に喉に入り込んだ空気に派手に咳き込んだ。携帯をパタリと閉じて、枕もとに転がす。
こんな気遣いは相変わらずだと思いながら、健二は続く咳をなんとか治めて目を閉じた。
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