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12月18日

 佐久間は三人掛けの座席の左端に座ると一つため息をついた。
 家まで送るという理一の申し出を断って電車で帰ると言ったのは佐久間だ。顔を曇らせた理一に、秋葉原で買いたいものがあるからと言えば、しぶしぶといった風情で頷いてくれた。もっとも、「駅まで送る」という申し出は頑として譲らなかったけれど。
 そんな、珍しく頑なな理一に内心首を傾げつつ駅まで送ってもらった佐久間は、しかし、秋葉原へ向かう電車には乗らず、まっすぐ自宅へ向かう電車に乗っていた。正直なところ、身体がだるくて買い物をする余力はなかったのだ。だが、自分以上に激務に追われて疲れの蓄積しているであろう理一に、長い時間運転させるようなことはしたくなくて、買い物を口実に断らせてもらった。嘘をつくことはあまり得意ではないが、こういう時は方便だろうと佐久間は自分に一つ頷く。
 鞄から携帯を取り出しイヤホンを繋いだ佐久間は、それを耳に押し込んで両の手をダウンのポケットに突っ込んだ。緩く巻いたマフラーにもふっと顔を伏せて目を閉じると、つらつらと昨夜のことを思い返す。
 昨夜の理一は少し様子がおかしかった。部屋に招き入れられた時も、並んでテレビを見ていた時も、夕食を共にした時も、どこか探るような視線を向けて来た。特に何かを言われたわけでもないし、もしかしたら気のせいなのかもしれない。だが、佐久間の行動の一つ一つ、言葉の一つ一つに、さりげなく視線が絡み付いてくるような気がしていた。問うような視線を向けてはみたが、理一はそれに笑みを返してきただけだった。
 理一が言いたくないと思っていることを、佐久間が聞き出そうとしても無理だということは経験的に学んでいる。笑みを浮かべて無言でスルーするのは序の口で、口を開いたと思ったらいつの間にか佐久間が問われる側に回っていることもある。
 それに、と佐久間は思う。
 昨夜の理一は随分と容赦なく自分を抱いた。力の入らない腕をなんとか上げて拒もうとしても、軽々と押さえ込まれて追いつめられた。「なんで?」と何度となく口にした覚えはあるが、答えは返ってこなかった。
 それでも、もう二度と会わないだとか、別れるだとか言えないのは、そんな抱き方をした理一が、どこか縋るような顔をしていたからだ。痛みを押さえているような、辛くて動けないとでもいうような。そんな顔をされたら、佐久間には拒めない。つい絆されてしまう。ため息一つで許してしまえる程度には、自分はあの男に惚れているのだ。
 佐久間は薄く目を開けて車窓へと視線を投げた。軽い振動とともに都心から遠ざかる電車の窓からは、だいぶ西に傾いた陽が長く入り込んでいる。目を射るその光に佐久間は顔を顰めた。
 とりあえず今の自分にできることは『待つ』ことだけだろうと佐久間は思う。理一が言いたくなるまで、理一が問いかけてくるまで、ただ待つこと。それ以外に自分には何もできることがない。
 佐久間は、小さく漏れたあくびをかみ殺すと再び目を閉じた。電車の揺れは未だ疲れの残る身体を眠りに誘う。佐久間は訪れた睡魔に素直に意識を明け渡した。






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