12月17日
理一はベッドに腰を降ろして静かに眠る佐久間の髪をそっと撫でた。目の縁が泣きはらしたように赤い。それが先程まで己が強いていた行為のせいだということは解っている。随分無理をさせた自覚はあるが、どうしても、抑えがきかなかった。
理一は佐久間を囲うように腕をついて顔を寄せると、額にかかる髪をかき上げて軽く口付けた。もう一度髪を撫でると一つ息をついて身を起こし、じっとその寝顔を見つめる。
佐久間からメールが来たのは日付が変わってすぐの頃だった。
いつものように簡潔にまとめられたメールに、しかし、理一が見かけた外出の話は書かれていなかった。健二が風邪を引いたことは書かれていたが、それだけだ。メールの最後に、週末に時間がとれるようなら会いたいという一文が添えられていたことに、理一は仄暗い感情が身の内に芽吹くのを感じた。
隠すつもりならば、問いつめることはしないでおこう。その代わり、今、隣にいるのが誰なのかを、その身に教えてやろう。
そう嘯く心のままに、了承の返事を送った。
部屋を訪れた佐久間を理一はいつものように迎え入れた。いつものように言葉を交わして、いつものようにその隣に身を置いて。しかし、いつものように寝室に誘った理一は、佐久間の肌に触れた瞬間、己の箍が外れる音を聞いた。
引き寄せた腕を有無を言わさずベッドへと縫い止めた理一に、佐久間が怯えた様子を見せたのを覚えている。佐久間の口から、悲鳴に近い声が漏れるまで、そう時間はかからなかった。
泣き顔が見たかったわけではない。ただ、佐久間の口から聞きたかっただけだ。あの日、隣にいた人の事を。
そこまで考えて、それが詭弁であることに、理一は苦い笑みを浮かべた。結局のところ、全ては己の独占欲故のもので、佐久間は割を食っただけにすぎない。誰でも、胸に秘め事の一つや二つは抱えている。己にも佐久間に秘していることが幾つかある。それが佐久間にもあったというだけの話だ。
理一は額に落ちたままの前髪をかきあげて一つため息をつくとのろのろと腰を上げた。静かに眠る子供の隣にその身を横たえる。と、佐久間が軽く身じろぎして理一の方へとその身を寄せた。いつものように、ひたりとその額を己の胸に押し付ける佐久間に、思わず理一の動きが止まる。わき上がる感情のままに理一は佐久間の細い身体を力一杯抱き寄せた。
手放したくない、と。ただ、その一言が言えない狡い大人である己に、心底嫌気がさす。胸の内での謝罪など、無駄とは思いつつその言葉を囁いて。まるで、溺れるもののように、縋るように佐久間を抱きしめて、理一は目を閉じた。
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