12月15日
あなたなら どうする?
理一の頭の中を、ある程度の年齢なら一度は聞いたことがあるだろう懐メロが走り回った。
車での移動中だった。赤信号で止まった交差点で、理一はふっと息をつくと窓の外に視線を向けた。今日はこの冬一番の冷え込みらしい。若干暑いと思える程の車内では分かりづらいが、確かに、交差点で信号待ちをする歩行者は一様に肩を尖らせ首を竦ませて立っている。ぐるぐると巻いたマフラーに顔を半分埋めている人も多い。その姿に、理一は暖をとるために羽根を膨らませている雀を連想して小さく笑った。
青信号に変わり車が走り出す。その時、理一は同じ方向へと歩き出した人ごみの中に見慣れた人影を見つけた。車の流れが緩やかなこともあり、理一の目に、その人の姿ははっきりと見てとれた。
淡い色の髪とシルバーの細いフレームの眼鏡。濃い緑のマフラーは今年の初めに一緒に選んだものだ。茶色のダウンも気に入りなのだろう。理一の家にもよく着てくるものだった。
思わず首を逸らしてその姿を追った理一は、人ごみの切れ間にその隣に立つ人の姿を認めて目を見開いた。
佐久間よりも少し低めの背。緩くまとめた髪。目深にかぶったニット帽から覗くのは、細くすんなりとした白い首だ。この寒さにも頓着した風もなく、その女性は口元に笑みを浮かべている。その人に視線を向けている佐久間も、快活な笑顔を見せていた。
そして、その左手は、隣に立つ女性の右手をしっかりと握っていた。
車が速度を上げる。車窓の景色が目に追い切れない速度で流れて行く。
理一はサイドウィンド越しに向けていた視線を、あわててリアウィンドへと移動する。しかし、佐久間の姿は後続車に遮られ、もう確認することはできなかった。
仕事を終えて帰宅した理一は、脱いだコートをばさりとソファの背にかけた。首もとを締め付けるネクタイを緩めて、どさりとソファに腰を降ろす。自然と深いため息が漏れた。
外出から戻り、積み上げられた仕事をげんなりとしながらこなした。しかし、なんとか終わらせはしたものの、らしくない仕事の仕方ではあったらしい。部下に訝しげな表情を浮かべられてしまった。どれだけ動揺しているんだと、自分でも呆れるしかない。
ポケットに入れたままにしていた携帯を取り出してローテーブルへと置く。その小さな窓に着信を知らせるアイコンは表示されていなかった。
理一はソファの背もたれに深く身を預けて左の手の甲で目を塞いだ。
昼間、車窓から見た佐久間の姿が頭を離れない。隣に並んだ華奢な人影。自分に向けるのとはまた違った、しかし、リラックスした笑顔。どれもが自分の知らない佐久間の姿だった。
佐久間はいずれ自分が他の人間を選び離れて行くと思っているようだが、実際に未来に恐怖を抱いているのは理一の方だ。これから先、佐久間には無限の可能性を秘めた未来が待っている。いつか、佐久間が自分以外の人を隣に置く事を望んだ時に、自分はその手を離してやらなければいけないと、理一は思っていた。
そう、思っていたのだ。
だが、いざ、その未来を暗示させる場面を目にした今、思ったことは真逆だった。
誰も見せず、誰の目にも触れさせず、自由の象徴である羽根をもいで、己の腕という鳥かごの中に閉じ込めてしまいたいと、本気で思ってしまった。己の執着の深さにため息しか出てこない。
理一はゆっくりと身を起こすと携帯を手にとった。フラップを開いて新規メール画面を開く。メモリから目当ての人物のアドレスを呼び出して宛先に入力したところで、その画面を閉じた。携帯を放り投げるようにソファの座面に置いて、再び深く息をつく。
あなたなら、どうする?
「…どうしようかなぁ」
呟いた言葉は冷えた空気に馴染んで消えた。
※ブラウザバックでお戻りください