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12月13日

 理一はポケットから小銭入れを出すと硬貨投入口へと滑らせた。かたりかたりと音を立てて落ちて行く硬貨と連動して増えて行く数字を見ながらため息を一つつく。赤く灯った目当てのボタンを押せば、軽い音を立てて紙コップが落ちて来た。抽出終了の電子音に、ぼんやりと彷徨わせていた視線を俯けた。
 カップを手に傍らの椅子に座り込むとどっと疲れが襲って来た。拘束時間が長い上に一瞬の隙も見せられない会議というものは酷く精神を消耗する。互いの腹を探り合う、狐と狸の化かし合いのような会議は、結局着地点を見いだせないまま日付の変わろうかというこの時間まで続いていたのだが。
 こういう日にはあの愛しい声が聞きたいと思う。メールでもいいが、やはりこういう時は声がききたい。
 そこまで考えて理一は自嘲の笑みを刷いた。
 土曜日に病院に強制連行した佐久間の捻挫はだいぶ良くなったらしい。昨日はちゃんと学校へ行ったと報告のメールも来た。バイトまでこなして帰宅したという一文には思わず眉を寄せてしまったが、それでも、そこまで回復したのだと思えば喜ばしい。
 今回は怪我に気付けて良かったと思う。佐久間に何故足の怪我が分かったのかと問われた時に、思考の経過を説明したら顔を真っ赤に染めて俯かれてしまった。不思議に思って覗き込めば、半分涙目の状態で顔を押し戻された。無理矢理に抱き込んで問いつめれば、蚊のなくような声で一言「恥ずかしい」と返されて思わずぽかんと口を開けてしまった。次いでわき上がった感情のままに抱きしめれば、逆にぎゅっとシャツの背中を握られて顔を隠されてしまったけれど。
 些細な変化に気付けるのは、佐久間だからだと思う。佐久間だから、声の調子一つにも違和感を感じ取れる。気遣うことができる。
 佐久間もまた、些細な変化に気付いてくれる。いつも、「どうして今?」という絶妙のタイミングで連絡をくれる。それもまた、自分だからだと、自惚れてもいいのだろうか。
 カップに口を付けながら理一は闇が鏡に変えた窓を見つめた。くたびれた顔の男がこちらをじっと見つめている。死んだ魚のような目だな、と理一は頬をするりと撫でながら自嘲の笑みを深くした。少し温くなったコーヒーを飲み干して、理一は握りつぶしたカップをゴミ箱へと投げ入れる。
「こんなくたびれたおじさんの、どこを気に入ってくれてるんだろうね、佐久間くんは」
 小さく呟いた言葉は、しんと暗い廊下にこぼれて消えた。






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