12月8日
佳主馬は着信を告げた携帯に、参考書へ落としていた視線を向けた。ちらりと覗いた窓には東京に住むあの人の名前が表示されている。佳主馬は持っていたペンを栞代わりに参考書に挟むと携帯を取り上げる。フラップを開けば、見慣れたブサ可愛いと一部で人気な黄色いリスのアバターが白い封筒を差し出していた。それに小さく笑みを浮かべてボタンを操作する。
さすがに年末のこの時期、受験の追い込みだという気遣いからかチャットの回数は激減していた。声だけでも聞きたいと思うが、せっかくの気遣いを無碍にするのも憚られる。それでも、一日に一度は必ずメールを送ってくれるのが嬉しい。
佳主馬はボタンを操作するとリスの差し出したメールを開いた。
メールに綴られているのは日常の他愛もないことだ。それは大学の講義のことだったり、一緒にバイトをしている佐久間の事だったり、本当に些細なことが多い。稀に、一人暮らしをするようになってから覚えたという料理の話が書かれていることもある。
健二のメールを読むようになって初めて知った事がある。佐久間の特技が料理だということだ。
『今日は佐久間に料理教えてもらったんだ。初めてにしては上出来だと言われたので、写真を添付してみます。出汁巻き卵。美味しそうに見えるかな?』
そんな内容のメールを貰った時には正直驚いたが、確かに多少形が崩れてはいたが出汁巻き卵は美味そうだった。そんなことを思い出しながら開いたメールには、案の定、大学でのあれこれが書かれている。
自分の知らない健二の世界は、佳主馬には広すぎて、たまに不安になる。それでも、送られてくるメールを見ずにはいられないのだが。
メールを読みながら、ふと、佳主馬は眉を寄せた。
どうやら今日、健二は佐久間と買い物に行ったらしい。何を買ったのかは書かれていないが、随分と楽しい買い物だったようだ。健二が佐久間とべったりなのは前からのことだし、今更目くじらを立てたりはしないが、あまり気分のいいものではない。
しかし、気になったのは佐久間との買い物の報告ではなく、最後に添えられた一文だった。
『佐久間も落ち着いた色合いのカーディガン物色してたんだけど、どう見ても佐久間が普段着てるサイズより大きかったんだよね。あれ、自分で着るのかな?』
佳主馬は思わず遠い目をしてしまった。春先あたりからやけに機嫌のいい従兄弟叔父の顔が脳裏をよぎる。
健二への返信メールをぽちぽちと打ちながら、佳主馬は一つため息をついた。佐久間が物色していたというカーディガンの行方に気付いてしまった自分の勘の良さが少し恨めしかった。
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