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12月6日

 理一はかたんと音を立てて落ちたカップを取り出しながら、『リフレッシュルーム』と書かれたドアを開けた。並んで設置された喫煙室のせいか、微妙にヤニ臭い室内に軽く顔を顰めてL字型に設置された椅子の横棒部分に腰を降ろす。目を閉じて深い息をつくと壁に凭れかかった。
 ぐるりと首を回すとこきこきと軽い音がする。すっかり首周りが凝り固まってしまっていたようだ。理一は口元を歪めて小さく笑うと、手に持ったカップのコーヒーに口をつけた。
 ほっと息をつき壁に頭を預けるようにして顔を上げながら、ポケットから携帯を取り出す。表示されたOZのワールドクロックは、今が日本標準時の21時18分であることを示していた。
 そのまま新着メールの確認をすれば、数通の未開封メールの中に、見慣れた差出人の名前を見つけた。理一は小さく笑うと、ボタンを操作して件のメールの開封を指示する。と、見慣れたサルのドット絵のアバターが画面の奥からふよふよと漂って来て白い封筒を差し出した。
 ボタンを何度か押して本文を表示する。
 佐久間のメールに絵文字などは殆ど使われていない。要点をまとめただけの、どちらかというと素っ気ないものが多い。たまに近況をつらつらと綴ったメールが届くこともあるが、それにも絵文字などの装飾はほとんどない。あの年頃の子はみな絵文字を使ったメールを送ってくるものだと思っていたから(夏希がいい例だ)、初めて送られてきたメールを見たときには驚いたものだった。
 そんなことを思い出しながら、理一は文面を視線でなぞる。
 やはり簡潔に要点をまとめたメールだ。昨日のメールに書き忘れたというストック品の不足分の一覧と、大学での出来事が少し。最後に昨日の夜に出て来たオーナメントの写真が添えられていた。胸の前で組んだ手に星を捧げ持つ天使が穏やかに微笑んでいるオーナメントだ。その写真を内蔵フォルダに保存しながら理一は小さく笑う。
 昨日のメールには、健二に耳の後ろに付けられた痕を指摘されたと書かれていた。
「俺、つけるなって、言いましたよね?」
 そう結ばれたメールに顔を赤く染める佐久間の姿が被って、自然とやに下がってくる顔を引き締めるのに苦労したものだった。リフレッシュルームに自分以外に人が居なかったら、盛大に笑み崩れていた自信がある。
「僕のものには、ちゃんと名前を書いておかないと」
 そう返したメールに返事は返してもらえなかったが、それでもメールを送信した時間が日付変更線をまたいだ頃だったからか、ちゃんと休むようにというメールは返って来た。
 理一は返信画面を開くと、ストック品の不足分一覧の礼と体調を崩さないようにと綴ったメールを送信する。緑色のアバターが白い封筒を抱えて泳ぎ去ったのを見送って携帯を閉じた。
 携帯をポケットへと滑らせながら顔を上げれば、ガラスに映り込んだ自分と目が合う。その表情に、するりと頬を撫でて苦笑した。
「随分と、幸せそうな顔、してるじゃないか」
 小さく呟いて、もう一つの打ち合わせを終わらせるべく、リフレッシュルームを出る。今日は、日付変更線をまたぐ前に、佐久間に帰宅報告のメールを送れるだろうと思いながら。






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