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12月2日

 佐久間はポケットから鍵を取り出すとかじかむ手をこらえて鍵穴へと差し込んだ。軽い手応えに急いで鍵を引き抜くとドアノブを回す。しんと暗い玄関に踏み入ると、後ろ手にドアを閉め鍵をかけた。ドアガードを倒しながら靴を脱ぐ。
 ほんの三歩ほどで終わる廊下の先、八畳程の広さのワンルームが今の佐久間の城だ。
 佐久間は大学進学と同時に実家を出て一人暮らしを始めた。母には「実家から通えない距離ではないだろう」と渋い顔をされたが、父は「何事も経験だ」と笑って許してくれた。
 壁際に置かれたベッドと向かい合う位置に置いたパソコンデスク。デスクの隣にはパソコンを置くために組み上げたスチールラックが置かれている。それと少し背の高い本棚が、置かれた家具の全てだ。
 一応、申し訳程度に敷いたラグと折りたたみ式のローテーブルもあるにはあるが、食事ですらパソコンデスクでとる事が多いため、あまり仕事をさせているとは言いがたい状態だった。
 佐久間は斜めがけしていたバックをベッドへと投げると、エアコンの電源を入れ、上着をパソコンチェアの背にばさりと掛けて洗面所へと向かう。手を洗いうがいをする習慣は理一と付き合い始めてからのものだ。掛けておいたタオルで手を拭き、口元を拭いながら部屋へと戻る。
 佐久間は、座り慣れたパソコンチェアに腰を降ろすと、机の上に置かれた箱に向き直る。『2』と書かれた引き出しを開けると、その中に入っていたオーナメントを取り出した。
 オーナメントは紙製だった。両面印刷の施された厚紙が立体加工されている。上部が平たくなっていて、そこに小さな穴があけられ、ぶら下げるための糸が通されていた。
 今日のオーナメントはトランペットを吹く天使だ。
 目を閉じ、気持ち良さげに楽器を奏でる天使の顔を、佐久間はそっと指で撫でる。
 アドベントカレンダーのことは、あの後OZで調べてみた。確かにキリスト教圏では定番の風習らしいが、オーナメントではなく、ジンジャークッキーやお菓子が入っているものの方が多いらしい。
 天使のオーナメントをもみの木のてっぺん近くにぶら下げて、佐久間は小さく笑った。
 このアドベントカレンダーを、理一はどんな顔で選んだのだろう。どんな顔で部屋へ持ち帰ったのだろう。
 昨日のオーナメントはキャンディスティックだった。それはもみの木の下の方にぶら下げられている。そこに掛けたのは理一だ。
 佐久間はぶら下げられたオーナメントを交互に指でつつく。小さくゆれてすぐに動きを止めたオーナメントを見ながら、小さく笑った。引き出していた『2』の引き出しを静かに仕舞うと、パソコンの電源を入れる。起動音を聞きながら、佐久間はもう一度、もみの木に視線を向けた。
 このもみの木にオーナメントが全部掛かる日に、実際に理一と共に居られるかは分からない。何しろ忙しい人だ。約束が反故にされたことなど、それこそ両手で余るほどある。ただ、理一が自分と同じくクリスマスを共に過ごそうと思ってくれていたことが、佐久間には嬉しかった。






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