Text - kzkn
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声の温度

「寒いと思ったら…」
「うわー…。降ってるねー…」
 久しぶりに外で食事をした帰り道。健二と佳主馬は駅を降りたとたんに目の前に広がった白い風景に思わず呟いた。
「電車が止まる前に帰って来れてよかったね」
「ホント」
 関東の交通網は基本的に雪に弱い。案の定、たった今出た改札の向こう側では、駅員が運行情報用のブラックボードを準備していた。
 こうして改札前に立ち尽くしていても仕方が無いと、二人は上着の襟元を閉めなおして歩き出す。音も無く落ちてくる白い結晶は小さく、雨でいえば霧雨程度だろうか。この程度なら部屋に戻るまでは保つだろう。
「なんか、静かだね」
「うん」
 この辺りは住宅街なので、元々そう騒がしいわけではないが、今日は特に静かだ。さくさくと雪を踏む二人の足音しか聞こえない。
「雪って音を吸い込むって聞いた事があるけど、本当なのかな?」
「どうだろう? 確かに雪の日っていつもより静かな感じはするけど…」
 言葉を交わす度、白い息が二人を包む。健二の問いに答える佳主馬の声は低くまろい。
 過ごした月日の流れを思い、健二が小さく笑った。
「健二さん? どうかした?」
「ん? うん。声って不思議だなと思って」
「声?」
「うん」
 健二はちょうど通りかかった公園に視線を向けた。遊具が少しあるだけの小さな公園も、白く薄化粧を施されている。
「声ってさ、形がないでしょう? 目の前で話をしてるときの声も、電話の声も、耳で聞いて心に刻むだけ」
 そう言って佳主馬を見上げる。
「でもね、佳主馬くんに出会って、名前を呼ばれて、抱きしめてもらって、気付いた」
 親に抱きしめてもらった記憶もおぼろげな健二にとって、誰かに抱きしめられる暖かさを初めて認識したのは、自分に好きだと告げてくれた佳主馬の腕だった。今よりも声ももう少し高くて、背も低くて、目線がやっと同じになった位だった。
「健二さん…」
 驚いたように目を見開く佳主馬の目線は、今ではかなり上の方にある。
「人の体から出る声には、温度があるんだ」
 だからほら、と。すっと、手を佳主馬の口もとにかざして、健二は笑う。
「手で触れる」
 驚いて思わず立ち止まった佳主馬と向き合う形で健二も立ち止まった。
「大好きな人の声を、肌にも刻めるんだ」
「…っ!」
「か、佳主馬くん?!」
 急に抱きしめられて健二が慌てたように声を上げる。佳主馬は無言で抱きしめる腕の力を強めた。肩に頭を伏せて苦しいくらいに抱きしめてくる佳主馬に、健二はおずおずと背中に腕をまわした。そっと抱きしめ返した健二に、佳主馬の腕の力が一層強くなる。
 ぽんぽんと、あやすように佳主馬の背中をたたいて、健二は笑みを浮かべた。
「帰ろう? 佳主馬くん」
 ここで立ち止まってたら風邪ひいちゃうよと笑う健二に、佳主馬が小さく身じろぎする。
「…健二さん」
「なに?」
「家に帰ったら」
「うん」
「声を、刻ませて」
「…うん」



 家に帰ろう。
 大切な人の声を、それぞれの肌に刻んで。
 心も体も暖めて。
 声の温度は、あなたの温度。






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