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マスターキー

 佐久間から電話があったのは、栄の葬儀が終わった翌日だった。葬儀の最中にも多少の話はしていたが、翌日にかかってきた電話は、いつもの佐久間らしからぬ物言いで始まった。
『今、大丈夫か?』
「大丈夫だけど…。なんかあったの?」
『ちょっとな』
 健二は珍しく言葉を濁す佐久間に首をかしげた。
『ああ、そうだ。お前の前のアバター、データサルベージできそうだぞ』
「え。マジで」
『ああ、とりあえず、今までの権限付きで復旧中。ただ、外面は今のリスに変えるからな』
「…え」
『当たり前だろ? あんだけテレビでもOZでも流れまくったんだぞ、前のアバター。元に戻したら誹謗中傷の嵐だろうが』
 スレで晒されたいのか? と言われて、健二は慌てて首をふった。
 確かに。OZ混乱の首謀者として、アバター共々朝のニュースで報道されたのは記憶に新しい。混乱が収まってからは、実は被害者だったという報道が続いたが、実名報道を忌避する風潮からか映像は出なかった。
 それと、と続ける佐久間に、健二は電話を持ち直した。ちなみに、今使っているのは陣内家の固定電話の子機だ。健二の携帯はまだ使えるようにはなっていない。
『いいか、その仮アバター、今後一週間は使うな。元々、陣内家の電話番号でとってる仮アバターだから、その電話番号からお前にたどり着く可能性は低い。仮アバターの試用期限は一週間、それが切れれば自動的に消去される。そうすれば、OZといえどもお前を追えない』
 それまでにはサルベージを終わらせるから、と。一息に言われた言葉に、健二は思わずきょとんとする。
「…は? 追う…って? なんで僕を…?」
 本気で解っていない健二に佐久間は深いため息をついた。
『お前、今回の騒ぎで自分が何をしたか解ってないのか? あのOZの暗号を手計算ではじき出したのなんて、お前だけなんだぞ? 素性がバレたらまずいに決まってんだろうが』
「え? そんな大袈裟に構えなくても…。」
『あほ。お前は全然学習してないのか? あのメールに返事を返した結果がこれだろ!』
「う…。」
『あの時は間違ってたから逆に良かったものの、あれが正解だったら、たぶん前のアバターもサルベージしたところで使えなかっただろうな』
 とにかく、と佐久間の声のトーンが少し下がる。
『この一件で、OZの上層部も、ほかの機関も気付いたはずだ。この世に、存在しないはずのマスターキーが存在してることに』
「マスターキー?」
『お前だよ』
 静かな佐久間の声に、背筋がゆっくりと冷えて行く。
『世界最高と言われたOZのセキュリティゲートを、お前は何度破ったと思ってるんだ? 確かに、今回の混乱を解決するにはそれは必要だったさ。でもな、どんな扉も開く事のできる鍵は、どこの国の諜報機関だって喉から手が出るほど欲しいはずなんだ。それさえあれば他の国の機密情報見放題だからな』
 佐久間の口から語られる言葉に、健二は愕然とする。確かに、自分が解いてしまった暗号は、重要な機密情報への扉を開いてしまうものだ。
 だからか、と唐突に理解する。
 あの騒ぎの後、警察署へ出頭する時にも、理一は軽い口調でだが何度も健二に言った。『自分の所属する部署へこないか』と。
 要はそういうことなのだ。健二はおそらく、理一の所属する部署にとっても、喉から手が出るほどに欲しい存在なのだろう。
「…。」
 黙ってしまった健二に、一つため息をついて佐久間が話しかける。
『解っただろ? これから先も平凡な一高校生でいたいなら、これ以上足跡が残るようなことはするなよ。いいな。』
 健二の返事を待たずに通話は切れた。

 携帯をしまいながら佐久間は一つため息をついた。これだけ強く言っておけばたぶん大丈夫だろう。後はきっと理一が何とかするに違いない。
 あの後、理一からOZ内のログを消せないかと打診があった。突然のことに驚いたが、あれだけの事件に関与していたとなれば、世間はおそらくあの一族を放っておかない。それを危惧してのことだろうと察したので、出来る範囲でやってみると返答した。
 それと同時に、理一は信用できる、と佐久間は思った。
 彼の所属が自分の想像している部署ならば、たかが末端の末端の末端のバイトである自分になど頼んでこないはずだ。その部署の権限でもって、OZに削除を依頼すればいい。だか、それではおそらく、彼の家族も、そして健二のことも、一番知られたくない中枢の人間に知らせざるを得なくなる。
 幸い、もともとそうたいした管理権限を持っているわけではなかったが、いまだ混乱中のシステムに介入することはできた。あのカジノステージ以降のログは削除することができたので、陣内家の人間がこれ以上詮索されることはないだろう。リアルタイムで見ていた人間がローカルに残したログまでを消去することは不可能だか、今後、それを公開しようとする人間がいたら、事前に網を張って防ぐことは可能だ。
 念のため、それぞれのアバターのセキュリティレベルは上げてみたし、OZ内を巡回する監視ロボットのログも調べてみたが、特に目立った動きはなかった。もっとも、『キング・カズマ』は元々が有名すぎるアバターであるためにほとんど出来る事がなかったし、『ナツキ』に至っては既に口コミで存在が広く知られてしまったので、セキュリティレベルと同時に個人情報保護のランクを上げるくらいしか出来なかったが、後は理一が何とかするはずだ。
 それに、二人が健二と同じ意味で追われる可能性は低い。OZにしても、今回の事件解決の立役者として、『英雄』としての彼らの存在は必要なはずだ。おそらく、彼らの不利益になることは全力で防いでくれるだろう。
 追われる可能性が少しでもあるとすれば、ラブ・マシーンの開発者である侘助と、そして、自惚れていいならば自分だ。
──それにしても。
 健二の能力は、ある意味異常だと思っていたが、今回の件でそれが立証されてしまった。2056桁の暗号をあんな短時間で、しかも手計算で解くなんて、常識的に考えてあり得ないだろう。
 OZでは今回の事件をふまえて、現在開発中の新セキュリティシステムの構築を最優先事項にしたようだが、それもまた『数字』であるならば、おそらく、健二にとっては鍵の意味をなさない。
 一つため息をついて佐久間はプログラム作成の作業に戻る。
 出来る事はやった。後はマスターキーがその存在を眠らせてくれることを祈るだけだ。






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