女体化
Paralell
頷く二人─僕の嫁を紹介します

 促されて降りた車の側で、佐久間は呆然と通り過ぎてきた門を見やった。中天近くになりじりじりと肌を焼く日差しにもかまわず、屋敷と屋敷がその背に背負う青い稜線をぐるりと見渡す。
「佐久間くん?」
 車のトランクから出した荷物を手に呼びかけた理一の声に、佐久間ははっと我に返る。
「す、すみません」
 佐久間が慌てて駆け寄るのを確認して、理一は持った荷物を右手にまとめて持つと左手を差し出した。その手と理一を交互に見て、佐久間はおずおずとその手をとった。
 理一に手を引かれて玄関へと向かいながら、佐久間はきょろきょろと周囲を見渡した。
 車止めの向こうにちらりと見えた庭は広大で、枝振りのいい松の木が遠くに見える。逆側は勝手口になっているのか、かすかに女達の話し声が聞こえた。停められた『陣内水産』というトラックに小さく笑みを浮かべる。
 そう長くない距離を歩いて、広い玄関に足を踏み入れる。見事な屏風が置かれた上がり框に荷物を置くと、理一は奥へ向かって軽く張り上げるようにして声をかけた。
「ただいまー」
「…おじゃま、しま、す…」
 続けておそるおそる呟いた佐久間に、理一は軽く苦笑する。
 ほどなくして、どやどやと台所の方から足音が聞こえて、理香や直美、万里子といった面々が顔を出した。
「お帰り。遅かったじゃないの、り、いち…?」
「…あ、ら?」
 一瞬、時間が止まった気がした。
 廊下から見下ろす女性陣の視線が理一と佐久間を交互に見る。アバター同士でのチャットやメールのやり取りはあったが、実際に顔を会わせるのは初めてだと思い至った佐久間は、ぺこりと小さく頭を下げるとなんとか挨拶の言葉を絞り出した。
「えーと、はじめまし、て…?」
 佐久間を指差した理香が、呆然とした様子を隠しもせずに呟いた。
「…佐久間くん、よね?」
 はい、と頷いた佐久間に、一同が顔を見合わせる。
「「「「なんでスカートはいてるの?」」」」
「…。」
 一斉に上がった声に、佐久間は『そこですか?!』と内心ツッコミを入れた。
「とりあえず、玄関先じゃ何だから、上がっていいかな?」
 しんと降りた沈黙に理一は苦い笑みを浮かべると、固まったままの親族に向かってそう言った。


「というわけで、先方にはご挨拶してきました」
 表座敷の床の間を背に座った万里子に向き合うように、理一と並んで座った佐久間は膝に乗せた手を握りしめた。隣に座る理一が母に向かって話す言葉に、勝手に顔が赤く染まって行く。
「…。」
「来年、佐久間くんが高校卒業したら、結婚します」
「ちょ、ちょっと待ったぁ!!」
 無言のままの万里子に向かって言い切った理一に待ったをかけたのは、横に立ったまま弟の言葉を聞いていた理香だった。
「なに、姉ちゃん」
「『なに、姉ちゃん』じゃないわよ! あんた、年の差いくつだと思ってんの?! 24よ、24! 犯罪でしょ、それ!! こんな若い子の人生狂わせてどーすんの!!」
 仁王立ちに近い状態で拳を握りしめ、眉間に深い皺を寄せて言う姉に、理一は軽く首を傾げた。
「ん? まぁ、年の差は仕方ないよねー。縮まるもんじゃないしねー」
「ねー、じゃないわよ!! ねー、じゃ!!」
 そんな姉弟のやりとりを後ろで座卓に凭れながら見ていた直美が、タバコを挟んだ指で顳顬を抑えつつ口を挟んだ。
「それもだけどさ…」
「佐久間くんは、いいの?」
「は、はい?」
「そうよ! こんな奴のとこに嫁に来るなんて! 人生棒に振るのと一緒よ?!」
 直美の言葉に続いた聖美の言葉に、慌てて佐久間は背後を振り返る。さらに横合いから入った理香の言葉に、視線を目まぐるしく動かした。握りこぶし付きで言い切る理香に思わず口元に引きつった笑みが浮かぶ。
「ひどいなぁ、姉ちゃん」
「お黙り!」
 姉弟のじゃれ合いを軽くスルーして、理一を指差した直美が言う。
「こいつ、かなり性格悪いし」
「それに、佐久間さんからしたら、理一さんて、もう『おじさん』の域でしょう?」
 三人並んだ三兄弟の嫁のうち真ん中に座っていた奈々が、顎に指を当てながらおっとりと爆弾を投下した。
「…。」
 奈々の言葉に、一瞬、表座敷が静まり返る。
「…な、奈々ちゃん…」
「ちょっとこっち、ね…」
「え? え?」
 慌てて立ち上がった由美と典子が奈々を連れて表座敷を出て行いった。
「奈々ちゃんて、案外さらっと毒吐くわよね…」
 それを見送りながら直美がぽつりと呟いた言葉に、聖美が引きつった笑みを浮かべて頷いた。
「で、いいの?」
 気を取り直したように言う直美に、佐久間もへらりと苦笑いを返す。
「…あー。なんか、もう、なるようにしかならないかなって…」
「…その年で人生諦めるのは早いわよ、佐久間くん」
 佐久間の言葉に深いため息をついた聖美が、表座敷にいる女達の内心を代弁した。
「理一」
 それまで口を開かずにじっと聞いていた万里子が口を開いた。佐久間は慌てて視線を万里子へと戻すと背筋を伸ばす。隣に座った理一をこっそりと見上げれば、引き締めた口元に緊張が滲んでいるように見えて、少しだけほっとした。
「なに、母さん」
「佐久間くんを、幸せにする自信はあるの?」
「…あるよ」
「本当に?」
「うん」
「一生かけて守れる?」
「守るよ」
「…そう」
「ちょ、ちょっと、母さん…」
 やりとりを聞いていた理香が慌てたように言うのに、万里子は軽く視線を向けて一つ息をつくと小さく笑った。改めて佐久間に向き直った万里子が、にこやかな笑みを浮かべる。
「佐久間くん、ていうのも他人行儀ねぇ。それに、女の子なんだし。敬ちゃん、でいいかしら?」
「あ、は、はい!」
 再度居住まいを正した佐久間に、万里子は畳に手をつくと深々と頭を下げた。
「不出来な息子ですが、よろしくお願い致します」
「え、あ、や、あの…! こ、こちらこそ、不束者ですが、よろしくお願い致します…!」
 慌てて畳に手をついた佐久間が同じように頭を下げるのに、万里子は朗らかに笑うと、ぱんぱん手を打った。
「さて。じゃ、お昼にしましょ?」


「あ」
 表座敷を退出した佐久間は、廊下を歩いてくる親友とその隣に並ぶ少年の姿を見つけて足を止めた。
 表座敷にいた面々は台所へと向かって行ったが、佐久間は「まず部屋に荷物をおいてくるように」と理香に言われ、同じ部屋に泊まるように言われた健二を探していたのだ。
「え? 俺の部屋でいいでしょ?」
「おだまり!」
 のほほんと言う理一を睨みつけた理香が「寝言はスルーしていいから」というのに、佐久間は曖昧に笑みを浮かべることで誤摩化した。
 ちなみに、「あたしの部屋に泊まってくれてもいいけど」と真顔で言う理香の申し出は丁重にお断りさせていただいた。
「よ、健二。キングも。リアルでは初めまして、かな?」
 歩み寄りながら軽く手を上げてそう言えば、気付いたように二人が揃って顔を上げる。と、親友の隣に立った少年の目がこぼれんばかりに見開かれた。
「…はい?」
「あれ? 佐久間? なんでここにいるの?」
 きょとりと一つ瞬いた親友が軽く首を傾げるのに、佐久間は苦笑いを浮かべる。
「…あー、野暮用? みたいな?」
「野暮用?」
「えーと、『ご挨拶』に…。ウカガイマシタ…」
「なにそれ?」
 なにそれって言われてもなぁ、と曖昧に笑って誤摩化した佐久間の前に、佳主馬がずいと割り込んでくる。
「…ちょっと待って」
 佳主馬の硬い声に、健二がことりと首を傾げた。
「佳主馬くん? どうかした?」
「そもそものところからなんだけど。なんで佐久間さんがスカートはいてるの?」
 佳主馬の言葉に、佐久間と健二が顔を見合わせて揃って首を傾げる。
「へ? なんでって…」
「へん? 似合ってると思うけど」
 それぞれが言うのに、佳主馬は大きく首を振ると声を張り上げた。
「そうじゃなくて! だって、佐久間さん、男の人でしょう?!」
 絶叫に近い佳主馬の声に、改めて顔を見合わせた健二と佐久間は、ぽんと手を打った。
「…あぁ」
「…あ、そうか。キングには言ってなかったっけ?」
「…まさかとは思うけど」
 健二と佐久間の反応に、佳主馬の口元がひくりと大きく引きつる。
「「一応戸籍上も生物学的にも女」」
 佐久間は自分を指差しながら、健二も佐久間を指差しながら、見事にユニゾンした台詞に、佳主馬は目と口を大きく開けた。
「はぁ?! なにそれ?!」
 一瞬の間の後、再び上がった絶叫に佐久間は思わず耳を抑える。昨日の朝、電話口で聞いた佳主馬の絶叫は、存外長い間耳に痛みを残してくれたのだ。
「…佳主馬くん、知らなかった?」
「知らないし! 聞いてないし!!」
 健二の呟きに、佳主馬は地団駄を踏みそうな勢いで反論する。
「あー、わりわり。言うタイミング逃してたかも」
「『逃してたかも』じゃないよ! 第一、その言葉遣い変でしょ?! そんなんじゃ、絶対女の人だなんて思わないって!!」
 くしゃりと髪をかき混ぜて言う佐久間に向き直ると、佳主馬は不審者を威嚇する犬のようにきゃんきゃんと吠えた。
「って、言われてもなぁ…」
「ねぇ。いつもこんなだし…」
 佳主馬が軽く息を切らせて言うのに、佐久間と健二は困ったように眉を寄せて顔を見合わせた。
「まぁ、健二の類友だと思って、慣れてくれ」
「…なに、その言い方」
「事実だろ?」
 ぽんと、佳主馬のに手を置いて佐久間が言うのに、今度は健二がむっとしたように眉を寄せて親友を睨む。
 そんなやり取りを頭上で聞きながら、佳主馬はよろりとよろけると壁に手をついた。
「…なんか、昨日からの一連の出来事で、悟ったような気がする」
「何を?」
 半眼で言うのに、佐久間がことりと首を傾げた。
「常識なんて、プレートの上に乗ってる陸地と同じなんだ。不変的なものじゃないんだよ…」
「…そこまで大袈裟なもんじゃないと思うけどな」






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