女体化
Paralell
ぼくときみとそらとみらい

 玄関先からかかった到着を告げる声に、歓迎しようと台所から殺到した人たち──三兄弟の嫁及びその子供たちと本家の娘、漁師の出戻り娘と乳飲み子を抱えたもう1人の娘、さらには現当主──は一様に口を開けたまま固まった。
「…どうしたの?」
 フリーズしたように動かない親族を前に、夏希が恐る恐る声をかけた。その声が魔法解除の呪文だったかのように、一斉に我に返った人々が異口同音に叫ぶ。
 どうゆうことだ、だの、なんで、だのと、姦しく疑問を口の端に登らせる人たちを黙らせたのは、さすがというべきか、やはりというべきか、現当主の万里子で。ぱんぱんとふたつほど手を打つと通る声で宣言した。
「玄関先で騒ぐのもなんだし、とにかくあがって。夏希と健二くんは荷物置いておばあちゃんに挨拶してらっしゃい。説明はそれからしてもらいます」
 さあ、お茶の準備よ、と追い立てられていく人に続いて上り框に足をかけた健二を、母に背を押されて歩きはじめた慎吾と裕平が振り返る。じっと健二を見上げて一言。
「やっぱり健二ってユカイハンなのか? 女装で来るとは思わなかったぞ」
「ユカイだな」
 真顔で言われた言葉に、今度は健二と夏希の動きがぴたりと止まった。

「で、要するに、元々女の子だった、と」
「うん」
 呆れたような理香の言葉に夏希がこくりと頷く。
「去年は、彼氏のフリしてもらうために男の子の恰好できてもらってた、と」
「そう」
 直美の言葉に、健二は顔を俯け正座した膝に置いた手をぎゅっと握る。対して、夏希は悪びれた風もなく、うんうんと頷いている。
「住民基本台帳見てたから、てっきりバレてると思ったんだけど。理一おじさんは知ってたし…」
 おじさんしか性別欄見てなかったんだ、と呟く夏希に、理香と直美の口元が引きつる。
「…あのやろ。知ってて黙ってたわね」
「…相変わらず、いい性格してんじゃないのよ」
 面白そうだから、と情報の開示をしなかったのだろう理一の人の悪い笑みが二人の脳裏をよぎる。例えそれを責めたとしても、理一が「個人情報保護法というものがあってね」と言い逃れをすることは明白だ。それでも、何か一言言ってやらねば気が済まない、と理香は拳を握る。
「だからね。今年はちゃんと女の子の恰好で来てもらったの」
 えっへん、と胸を張りそうな勢いで言う夏希に、理香と直美がげんなりとため息をついた。
 確かに、今年の健二はどこからどう見ても、列記とした『女の子』だった。ホワイトデニムのクロップドパンツに、ペールグリーンのキャミソールとオフホワイトのキャミソールチュニックを重ねているのが涼しげだ。羽織った薄手のレースのカーディガンもよく似合っている。去年は短く刈られていた髪もうなじを覆う程に伸び、所々がピンで止められていた。 
「…あんた、ほんっとフリーダムだわね」
 呆れたように言う直美に、夏希はきょとんと首を傾げる。
「あんたが年末に『健二くんはお婿さんにはなれないから』って言ってた理由がよく分かったわ」
 直美の呆れたような言葉に、三兄弟の嫁がうんうんと大きく頷く。年末年始に集まった親戚一同を前にしての夏希の発言に、夏にあれだけ盛り上がったくせに半年で別れたのかと、呆れ半分、落胆半分でため息をついたのも記憶に新しい。
「確かにねー。女の子じゃ婿にはなれないわね〜」
 あははと笑う理香に、万里子が渋い顔をした。
「笑い事じゃありませんよ。他所様の娘さんに『彼氏』の代わりをさせるなんて」
 万里子の言葉に健二が慌てたように口を挟む。
「あ、あの! でも、そのお陰で今年もこうしてお邪魔できてるんですし。ぼくは有難いと、思って、ます…」
 健二の相変わらずの人の良さに親族一同が苦笑する。
「ところで、『健二』っていう名前は? それも偽名かなにかなの?」
 幼子をあやしながら言う聖美に、健二が苦笑しながら首をふる。
「いえ、本名です」
「完璧な男名前ですよね…」
「あ、もしかして、なんか事情とか…」
 奈々のおっとりとしたつぶやきに、典子がはっとしたように声を上げた。典子の言葉に親族一同に気まずい空気が漂う。
「聞かれたら困る事情とか、ないから大丈夫ですよ?」
 慌てる健二に、直美がずばっと切り返した。
「じゃ、なんで男名前なの?」
「えーと、ぼく、検診で性別調べてもらった時に、男だっていわれたらしくて。両親は男の子のつもりで名前をつけたんです。で、ずっと母はお腹の中のぼくに向かって『健二』と呼びかけていたらしくて…」
 夏希も名前の由来は知らなかったらしく、興味津々で頷いている。
「…ところが」
「生まれてみたら女だった、と」
「そういうわけなんです」
 理香の言葉に、一同、空いた口が塞がらない。
「それにしたって…。女の子だって分かった時に女の子の名前にすればよかったんじゃ…」
 万里子の呟きに一同が大きく頷く。健二も苦笑しながら頷いた。
「父は女の子の名前に変えようとしたらしいんですけど、母が『ずっと健二と呼びかけてきたのに、生まれたとたんに呼び名を変えたら子供が混乱する』っていって、頑なに拒んだらしくて…」
「「「「「「……」」」」」」
 健二の母は胎児の人格を尊重する人だった。
「で、結局『健二』という名前のままに…」
「…なるほどね」
 親族一同、それ以外に何も言う事はできなかった。
「あ、夏希の婿にはなれないかもしれないけど、陣内の嫁にはなれるんじゃない? 女の子なんだし」
 由美が「名案!」と言いたげに手を上げる。去年の一連の出来事以来、『健二を正真正銘陣内一族に』という野望を抱くに至った親族一同が俄然色めき立つ。
「うちの了平…といいたいけど、あいつ、彼女いるのよね〜」
 いっそ別れさせるか、と言い出しそうな由美に、奈々の笑みが引きつる。
「翔太は? 一応公務員だし、収入安定してるわよ?」
 彼女いない歴を更新していそうな甥っ子の名を出した直美に、理香がうーんと唸る。
「理一…じゃ、年離れすぎてるか」
「侘助も理一と同い年だしねぇ」
 理香の言葉に万里子は深いため息を落とした。未だ独身の息子も異母弟も不惑を迎えている。いくらなんでも二周りの年の差があっては、推したくても推せない。
「あら。じゃあ、うちの…」
「や、え、と、あ、あの…!」
 口々に言い始めた陣族一同に、健二の手がおろおろと上下する。その様を見ていた夏希はため息を一つつくと爆弾を投下した。
「健二くん、好きな人いるから、翔太兄とかマジでナシ。今、絶賛片思い中なの」
「な、ななな、なつきせんぱいっ…!!」
 しれっと言い放った夏希に、健二の慌てたような声がかぶる。さらにそれをかき消すような絶叫が、親族一同の口からわき上がった。
「「「「「ええぇぇえぇぇぇ?!」」」」






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