それからというもの、二日、三日と間は開くが、佐久間は健二の部屋に顔を出すようになった。外宮では今日こんな事があっただの、どういう人がいるだのと、健二の知らない竜のことを話していく。
外宮に行けないかと夏希に聞いてみたが、外宮は無頼の輩がいつ来るともしれないところだから、と渋い顔をされてしまった。
「もう少し体力が回復したら、ね」
「はい…」
そう微笑まれてしまえば、健二には強くは言えない。確かに、血を見て倒れてからというもの、ふいに体の自由がきかなくなることが、ままあった。
前の訪問から三日、佐久間は昼過ぎに健二の部屋へ顔を出した。外宮を仕切る万里子の息子、理一から渡されたという土産を持って来た。
「うまいんだ、これ」
そういいながら包みを広げる佐久間に、健二は薄く笑みを浮かべる。「食えよ」と言われて手をつけた土産物は、ほんのりと甘く、口に入れると淡雪のように消えた。
「あの、さ…」
「ん?」
顔をあげた健二は一瞬逡巡する様子を見せ、おずおずと口を開いた。
「…そもそものとこから、なんだけど。竜って、どういう生き物、なの? 僕らとは、どこが違うの?」
見た目は自分や佐久間と変わらず『人』のように見えるが、その実、寿命は比べ物にならない程長いという彼らは、どんな存在なのか。健二の疑問に佐久間はため息を一つつくと、「そうだよな。そこから、だよな」と笑った。
「竜は普通に竜から産まれる。真緒だって慎吾だって、典子さんって母親がいるだろ? これは俺達人間と同じだ」
まず何から話すかと悩んだ佐久間は、思いついたことから話すことにしたようだ。立てた膝を台に頬杖をついた佐久間は、健二が頷くのを待って話を続けた。
「普段は人の姿をしてるが、本性は人じゃない。寺なんかで竜の絵とか彫り物とか見たことあるだろ? まさにあんな感じだ。神力とでもいうのかな、不思議な力でもって水を操ることができる」
まぁ、まがりなりにも神様だしな、と笑う佐久間に、健二も小さく笑った。
「海は常にせめぎあってる。王の力量で境界が変わるんだ。陸の四季が年によって違う長さになるのはこのせいだ。それと、どの海にも属さない海があって、これを『深海』という。『深海』は無法者の集まりだ。この間、告げ鳥が鳴いただろ? 王の力が弱くなると、ああやって侵入してくるんだ。そして、人や物を奪っていく。だから、今、この南の竜宮は戦が絶えないんだ」
王が宝珠を持てばここまで頻繁じゃなくなるんだろうけど、という佐久間に、健二は軽く頷いた。
「王と竜とは…?」
「王も同じように竜から産まれる。でも、少し違う。王は産まれる前に予兆があるんだ」
一旦言葉を切った佐久間は庭に目を向けた。
「海の中央に、どの海にも属さない宮がある。乙姫が住んでる宮だ。この宮は永世中立だから、どの海の王も手を出さない。竜王が代替わりする時は、その宮の庭に咲く蓮に一抱え程もある大きな蕾が現れる。その蕾は開かずに枯れ落ちるんだけど、蕾が枯れ落ちるのと時期を同じくして、竜宮の女が子を宿すんだ。子供は王の証である蓮の花を持って生まれ落ちてくるんだと」
佐久間の語る言葉に、健二は感心したようなため息をついた。
「蓮の、池があるの?」
「ああ、全く混じりけのない白一色の蓮だ。綺麗だぜ」
「へぇ、見てみたいな」
佐久間が言うのに、健二は目を輝かせて聞いている。そんな健二に笑みを浮かべると、佐久間は話を元に戻した。
「だから、同じように竜を母に持ってはいるけど、王は普通の竜とは少し違うんだ。海を治めるための呪力も、寿命も。そんな王をもってしても海を治めるのは並大抵のことじゃない。だから、王を支えるための宝珠が必要なんだ」
もっとも、と佐久間は皮肉げに口元を緩める。
「王とともにある、ということも、並大抵のことじゃない。だから、王が選んでも、選ばれた者すべてが宝珠になれるわけじゃない」
「…どういうこと?」
「王を支える力がないと海が判断すれば、元の形を保てなかったり、宝玉なら壊れたりすることがあるんだとさ」
肩を竦めながら言う佐久間に、健二の顔から血の気が引く。
「そういう話は佳主馬ももちろん知ってるだろうから、だから健二に言ったんだろ。宝珠は決して簡単な存在じゃないって」
佐久間の言葉に、健二は青い顔を伏せた。少しの逡巡の後、健二はきゅっと唇を噛み締める。
「でも、竜王が宝珠を選ばないと、陸の季節が正しく回らないんだろ?」
「あー、そうなんだってな」
「だったら、やっぱり王に宝珠を選んでもらわないと」
健二の言葉に、佐久間はやれやれと言いたげに深いため息をついた。
「なに、お前、宝珠にでもなるつもり?」
「できれば…」
健二の答えに、佐久間はがばりと身を起こすと、健二をまじまじと見つめた。次いで、ため息を一つついて、また頭をがしがしとかく。
「ふーん。宝珠にねぇ。竜王がどんなヤツかも知らないのに」
物好きだなぁ、という言葉を言外に滲ませた佐久間を、健二は軽く睨みつけた。
「だって、このまま季節が安定しないと陸の人が餓え死んでしまうだろ?」
健二の言葉に佐久間はひょいと片方の眉をあげた。
「そんな理由で宝珠になろうというなら、俺は全力で止めるぜ? 運良く宝珠になれたとしても、お前絶対、命を断ちたいと思うようになるから」
佐久間の言葉に、健二は一瞬怯む。
「俺はまだたかだが八十年くらいしか生きてない。それでもたまに『生きる』ことに飽いたらどうしようと思う時があるよ。もちろん、まだ死ぬ気なんてさらさらないけど、正直な話、考えることは、ある。王の寿命はそれより長いんだ。人にとっては悠久とも言える年月を、見た事もない、人となりも知らない王と過ごせるか? しかも、お前が知る陸の者なんか、その頃にはみんなとっくに鬼籍に入ってるんだぜ?」
佐久間の言葉に、健二の背がふるりと震えた。
「確かに王には宝珠を選んでもらわないと困るけどな。それより、お前は自分の事をまず考えろよ。このまま、陸の身体のままでいたら、そう遠くない未来に、溶けて消えることになるぞ」
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