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『Hunter x Hunter ─後編』




『ねぇ。まだ?』
 若干の苛立を含んだ佳主馬の声に健二の苦笑を含んだ声が答えを返す。
『仕方ないよ、佳主馬くん。ガンナーは準備に時間がかかるから…』
 宥める健二の台詞に佳主馬は大仰に溜息を吐いてみせた。
『それは知ってるけどさ』
 そんな遣り取りに苦い笑みを浮かべつつ、理一は攻略サイトとアイテムボックスを交互に睨み見る。
 佐久間のお陰で順調にキークエストをこなした現在の理一のハンターランクは6だ。ここまではなんとか二人でクエストをこなしてきたが、「さすがにこっからは俺一人じゃちょっと自信ないっす」と肩を落とした佐久間の勧めに従い、今回は健二と佳主馬との四人パーティで狩りに行くことになっていた。
「理一さん長考に入ったからまだかかると思うし、二人で五分くらいで終わるクエストにでも行って来てくれてていいぜ?」
 今回初めてOZの音声チャット機能で遣り取りをしながらインターネット経由で狩りをしているのだが、なかなかに便利なものだ。ゲームにも文字でのチャット機能は搭載されているが、入力に時間がかかるし文字数の制限もある。定型文を繋げただけでは微妙なニュアンスが伝わりにくい。そのせいか、オンラインでのトラブルもそれなりにあると聞いていた。
『じゃあ健二さん、ガララに行く? たしか、鼓笛珠作るのに鳴甲が要るって言ってたよね?』
 下位素材だからまわせると思うけど、という佳主馬に健二が逡巡する気配がする。それに小さく笑って佐久間はPCのマイクへと声をかけた。
「行ってこい行ってこい。準備できたらクエ貼って待ってるから、なるべく早くな」
 佐久間の笑い交じりの台詞に納得したのだろう。健二の戸惑いを含んだ『うん』という呟きと共に、佳主馬の操る『カズマ』がクエストカウンターへと走って行く。クエスト受注の合図と共に二人の姿は『集会所』から消えた。同時に音声チャットの参加者リストからも二人の名前が消える。どうやら佳主馬が会議モードから対話モードに切り替えたようだ。
「健二くんは律儀だねぇ」
 一連の遣り取りをただ聞いていた理一は小さく笑った。その言葉に軽く肩を竦めて佐久間も笑う。
「自分から一緒に狩りに行くと言った手前、勝手に別のクエストに行くのはどうかと…とか思ってんでしょうね」
 健二の口調を真似てみせた佐久間に理一は笑みを深くした。
 佐久間も健二も、二人ともとても律儀だ。理一が二人と交わした約束事等を反故にされたことは殆どない。むしろ仕事の都合で約束を反故にするのは圧倒的に理一の方だ。それにしても、何を差し置いても自分の欲望優先というのが今時の若人かと思っていたが、この二人に限ってはその行動原理には当てはまらないようだ。
「で? 準備の方がどうっすか?」
 高校時代から知る二人のあれこれに思考を向けていた理一は、佐久間の言葉に慌てて画面へと意識を戻した。
「とりあえず、これで大丈夫だとは思うんだけど…」
 今回は集会所☆6高難度クエストをメインにこなす予定だ。まずは、と佐久間が指定したのは、火竜亜種の二頭狩りだった。
「これクリアすれば食材レベルも上がりますし、発動する食事スキルのレベルも上がりますからね」
 重要っすよ、と表情を革めて言う佐久間に理一は小さく頷く。
 真剣な表情の佐久間はとても凛々しい。元々佐久間は顔の造作は整っている。普段はくるくるとよく変わる表情に愛嬌の方が先に立つが、笑みを消して真剣な表情を浮かべれば美形と言っても差し支えないだろう。侘助には「痘痕も靨ってか。惚れた欲目ってのはすげぇもんだな」と呆れられたが、理一にはそう見えるのだから仕方が無い。尤も、それを本人に言ったら盛大に顔を顰められた挙げ句に「理一さん、今度一緒に眼科に行きましょう」と真顔で言われたけれども。
 それはさておき、狩りである。
「できる範囲で強化した武器の中では、これが一番弾薬の装填数が多いんだよね」
 そう言って佐久間に武器の選択画面を見せればひょいと膝建ちして顔を寄せてくる。ふわりと揺れた髪が頬に触れそうになるのに、理一は思わず軽く顎を引いた。
「俺、ボウガンは使ったことないんで良くわかんないんすけど…」
 そう前置きした佐久間の指が画面をなぞって行く。
「通常弾のレベル3が六発装填可能で、貫通弾のレベル3も装填できるんすね」
 ふむふむと頷いた佐久間がふと眉を寄せる。
「火力的には問題ないと思うんですけど、反動はともかく、右へのブレが大って、大丈夫なんですかね?」
 ちらりと上目遣いに視線を流して言う佐久間に、理一は軽く肩を竦めた。
「なんとかなる、かな? 装飾品にブレ幅を抑える『点射珠』っていうのがあったから、それは作ってみたけど…」
 ステータス画面を表示し、発動スキル一覧と装備一覧を見せれば佐久間の口がかぱりと開いた。
「…理一さん、なんかすっかりハンター生活に馴染んでますね」
 しみじみと言われて、理一は肩を落とす。それはもう、若い恋人についていこうと必死にネットで調べましたから、とは言えない理一だった。





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